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コインブラ

    ポルトガル第3の都市コインブラは文化の中心です。
    1290年創設のヨーロッパ屈指の名門国立大学コインブラ大学を中心とした小さな街ですが多くの政治家や
    文化人を世に送り出しました。
    



    
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    コインブラの街はこのサンタ・クルス修道院が面している5月8日広場とコインブラ大学への坂と階段を登っていく
    途中のレプブリカ広場と中心が2つあります。この修道院のそばで昼食を取ったあと、再びバスに乗り大学のそばまで
    行きました。



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    コインブラ大学には1724年に建てられたジョアニア図書館があります。蔵書30万冊、豪華な金泥細工による装飾と調度品も
    素晴らしいのですが写真撮影は禁止されていました。その図書館の右側にあるのがこの大学の礼拝堂です。
    17世紀のアズレージョで覆われてとても美しいものでした。



    
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      5月8日広場で見かけて思わず写真を撮った、コインブラ大学の学生さん。。




    
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    コインブラの街はこの大学こそが観光の中心地になっているのですが、私がもし若い頃に戻れるならこんな大学に行きたいと
    思ったのは、この大学の制服を着て元気に歩く学生達の姿を見たからです。
    この黒いマントは大学の制服で、制服の下には黒のスーツを着なければならない決まりです。
    そして黒いバインダーノートを持ち、そこにリボンがついていて学部を表しています。
    今時、こんな制服を着て大学に行くなんて考えらないでしょう?でも、彼らは誇らしげに、そしてあれこれ話しあいながら歩き、
    歴史と伝統の力を感じることができました、そしてまるでハリーポッターの世界だと!
    このマントは恋人ができると切り裂き、別れるとまた縫い合わせるという習慣があるそうで、裂け目が多いほどもてる
    証拠なのだそうです。
    ポルトガルは日本よりもはるかに経済の小さな国で、子供を大学に進学させるのは親にとってとても大変なことでしょうし
    子供にとっても産業のないポルトガル、もしくはヨーロッパの中で職業を得ていく為には半端な気持ちで勉強することはないで
    あろうと思います。そんな、どこか真剣な空気を私は感じました。

  

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    バスで大学の入り口に行ってしまったので、その場所の高さに気づいたのは大学からまた下の街へ下りて行く時でした。
    石畳の坂道はとても急で、父の腕を取りながら私も踏ん張っていなければ転んでしまいそうです。
    山から下りる時と同じで膝が痛くなりました。この街で学生をするなら、やはり若くなければ無理ですね。。。
    途中、何度も見かけたファドの宣伝看板。ポルトガルの民族歌謡で、日本の演歌のようなものです。
    ファドとは運命、宿命という意味で、リスボンのファドが主に女性の心情を歌うのに対し、コインブラのファドは男性の歌。
    男子学生が愛する女性にささげたセレナーデだったり、学生生活を歌った明るいものも多いそうです。
    ファドを聴かせる店が多く、そんな雰囲気たっぷりの坂道を残念ながら下ることに専念してしまったのでした。


    
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     コインブラ大学で買ったマウスパッドです。このブログを設定したとき、いきなりIDを入れる場面になり何も考えていなかったので
     手元にあったこれからcoimbraにしたわけなのです。
     私は普段、できるならあの年に戻りたい。。とか思わないほうなのです。でもこのコインブラの街では、もしあの頃に戻れるなら
     ここに来たい!と思ったのです。←何を勉強するんだ??
     私はバブル世代で大学はまさにレジャーランドと言われていました。
     もちろん、ちゃんと勉強していた人も沢山いたでしょうけど、私はどこか浮かれて過ごした迷いの日々を今でも後悔していて
     何にでももっと真剣に取り組むべきだったと、、そういう思いがこみ上げたのでした。
     それもこれも、ポルトガルがどこか懐かしさを感じさせるからなのです、どこか不思議な感覚に陥ってしまうからなのです。
  
     
     
  
    
    
 

    

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by coimbra2017 | 2017-04-30 23:25

修道士のお菓子

    出発前に関口知宏さんの番組のほかに「コウケンテツ 世界幸せゴハン紀行」というポルトガルを扱ったものがありました。
    帰国してから再度録画を見てみると、アルコバサの修道院の前にあったALCOAというお菓子やさんでコウさんがカステラの原型
    「パオン・デ・ロー」をパティシエのパウラさんと一緒に作っているではないですか!
    このお菓子やさんは修道院を見た後、ガイドさんに案内されて行ったところです。ショーウインドウに様々なお菓子が並んで
    いて、どれも美味しそうでした。
    映像の中でのパウラさんの説明では、昔修道院では服の糊付けや漂白に卵の白身を使い、大量に残った黄身を使ってお菓子が 
    作られたのだそうです。そうして修道士達が作ったお菓子は大航海時代に世界中に伝わっていったのでした。
    コンペイトウやカステラはポルトガルから日本へ伝わってきたのです。

    今回は添乗員さんがあちこちで、代表的なスイーツを買ってくださって味見をすることができました。
    このALCOAという店では、確かかぼちゃのクリームを包んで揚げたようなお菓子でした。どんな生地なのか、パリッとしていて
    クリームとの相性がいい美味しいものでした。
   
    私が一番気に入っていたのは、アライオロスでいただいたお菓子です。
    


     
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    食べ終わって、うわああー美味しい!と包んであった紙を大事に持ち帰ってきたのが上の写真です。
    食べた日の手帳に貼り付けてあります。
    お菓子の写真はこの店のHPにでていたものです。なんということもない素朴なお菓子なんですけどね。。

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by coimbra2017 | 2017-04-24 19:23 | 旅行

バターリャ修道院

    静かなナザレを後にして、バターリャ修道院、コインブラをまわり宿泊地ブサコの森へ向かいます。
    
    バターリャ修道院は、正式名称「勝利のサンタマリア修道院」。ブルゴーニュ朝のフェルナンド1世が亡くなると
    王位継承をもくろむ隣国カスティーリャ王ファン1世は3万もの大軍を率いてポルトガルに攻め込んだ。
    独立を守るためアヴィス朝の始祖となったジョアン1世は戦勝を聖母マリアに祈願し、奇跡的な勝利をとげる。
    アルコバサの修道院を手本として1388年に始まった建設は16世紀初頭まで引き継がれた。。地球の歩き方より
    バターリャとは「戦い」という意味です。
    



    
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    教会の中はとても簡素に感じますが、ステンドグラスがとても綺麗です。ちょうど日が差し込んでいました。




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    「未完の礼拝堂」です。途中でお金がなくなったので未完になったらしいです。
     この修道院は簡素なようですが、かなーり凝った造りになっています。未完なのが残念だなあと思うほど 
     重厚感があったのでした。




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    エンリケ航海王子のお墓です。ポルトガルの大航海時代を開いた偉人ですから、ちょうど学校の子供達が見学に来ていて
    このお墓の前での説明が長くてなかなか写真が撮れませんでした。




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     無名戦士の墓を守る兵隊さんですが、ずっと携帯を見ていました。




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    これだけの規模の建物を何百年も多くの建築家が引き継いで造っていた。。すごいなあーーと思います。
    

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by coimbra2017 | 2017-04-20 18:37 | 旅行

ナザレ3

   ナザレに行くには、リスボンから電車で途中バスに乗り継ぐ、コインブラからもポルトからもバスでしか行けず。
   市場の後ろにバスターミナルがありました。街の中の乗り物はケーブルカーだけ。
   もちろんタクシーはありましたが。
   ちょうどホテルの前にバス停があり、大型のバスなのですがスクールバスのようでした。朝、家族が子供を送って
   来て乗り合わせ、夕方また迎えに来ていました。
   
   ナザレでも同じように時間は流れているはずなのに、私が通常いる世界とは全く別世界で、
   携帯を見ながら歩く人はいなくて、もちろんオンシーズン前ということもあったのですが
   音があまりなく、激しい大西洋の波の音もゆったりとしたメロディーに感じる。
   日本にいると、信号の音、電車のホームの注意喚起や発車を知らせる色々な音。。。あまりにも音が
   溢れていて。
   ナザレに着いた時、何かホッとした感じがして。
   そして今でも恋しく想うのです。
   
   記念にウールの手作り靴下を買いました。



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by coimbra2017 | 2017-04-16 00:14 | 旅行

ナザレ2








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     ナザレの朝、夫がふと見つけて撮った写真。ツアーのほかの方も洗濯物を頭に乗せた女性を見かけたと聞き
     どうしても自分の目で見たかった私です。
     朝から出発するまで坂道の街をウロウロウロ。。しかし出会えませんでした。



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     市場の前を歩くお婆さん二人。7枚のスカートにそれぞれ違う刺繍がしてあるエプロン、そして手編みのポンチョ。
     暖かそうな靴下。この刺繍のエプロンを見せてもらいたかったのですが、声をかけられませんでした。



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     海に近くホテルやお土産物屋がある通りからちょっと奥に入ると、そこは漁民の居住地で
     朝早くから洗濯物が干してあり、市場へ果物や魚を買いに行き街角で知り合いに会うと楽しげに挨拶を交わす。
     そういう風景があちこちで見られました。
     実際、私も歩きながらBom dia!(おはよう)と挨拶すると自然にBom dia!と返してくれるのです。
     夫が漁に出ている間に家を守らねばならないナザレの女性はたくましいのです。
     この伝統衣装、男性は着ている人がいないのですが、年配の女性は皆着ています。それぞれに色や模様の組み合わせが違い
     お洒落だなあと思いました。そして、なぜかこの、特別遊ぶ所も、何もない海辺の街がしみじみ居心地が良くて、
     離れるのが寂しいくらいでした。

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by coimbra2017 | 2017-04-15 23:03 | 旅行

ナザレ1

    ナザレは8世紀に西ゴート王ロドリゴがロマノという僧を供にこの地までやってきた時、彼が携えていたマリア像が
    はるかイスラエルのナザレのものだったということに由来するのだそうです。
    私はこの旅でここナザレを訪ねるのが一番の楽しみでした。
    それは、出発前に見た「関口知宏さんのポルトガル鉄道の旅」でもナザレを訪れていてその地の様子はとても衝撃的だったからです。
    男性はチェックのシャツにフィッシャーマンセーターと黒い帽子。既婚の女性は7枚重ねのスカートをはいて
    頭の上に洗濯物をのせて、内陸の水があるところまで洗濯に行くのです。
    こんな生活をしている人々が本当にいるのかしら?と思ったのと、力強く、明るいナザレの女性に会いたかったのです。



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    この上の写真はケーブルカーで上がったところにあるシティオ地区から、長い砂浜にそって広がるブライア地区を写したものです。
    昔、ブライア地区は海だったということです。
    ナザレの夏は多くのバカンス客でこの砂浜が人で埋め尽くされるそうですが、また大西洋の大きな波がくることから
    プロのサーファーが集まる所でもあります。




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       シティオ地区の展望台では色々な物を売っています。
       このお店の女性たちも、もちろんふっくらと広がったスカートと、可愛らしい靴下を履いています。
       年配の女性は手編みのポンチョのようなものを着ています。お店でも色々な色や形のものを売っているのですが
       女性たちが店の隣で編んでいたのです!こんなに本当に手作りのものを売ってることに感激しました。
     


       ナザレには2泊しましたが、最初の晩はホテルでの夕食でイワシの塩焼きがでました。
       ポルトガルの料理は素朴な味のものが多く、他の国の料理と違い飽きてしまうことがありません。
       しかし、ここでイワシの塩焼きが食べられるとは!さすが海の国、とても美味しかったです。





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       翌朝、ホテルの目の前にあるナザレの朝市へ行きました。
       新鮮な野菜や魚、はちみつ、チーズ、乾燥フルーツ、とにかく驚くほど値段が安いのです。
       私はお土産にひと瓶ハチミツを買いました。ポルトガル語でよくわからないけれど、これはこの花の味と、、
       一生懸命に説明してくれます。
       その店のおばさんが飲んでいる水の中に何か果物のようなものが入っているので、身振り手振り
       それは何ですか?と聞くと、生姜を持ってきて見せてくれました。
       水に生姜を入れているだけで、きっと体を温めるのではないか?と思うのです。
       色々聞いてみたかったけど、ポルトガル語はわからないし。。。やっぱり現地の言葉が話せたらいいのに。。と
       いつも思うのです。






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by coimbra2017 | 2017-04-14 22:43 | 旅行

ちょっと京都

    ちょっと京都まで行って来ました。
    今年は寒さで開花が遅れ、昨日10日は正に京都の桜は満開でした。
    夫の希望で南禅寺、水路閣、インクラインの満開の桜を見て。。。



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    電車の窓からも、どこも満開なのがわかります。さて、どこへ行こうか?と迷います。
    ここで、イタリアに住む友人がインスタグラムに昔訪れた平安神宮の桜の写真を載せていて、楽しんで見ていました。 
    日本に住んでいても実際、桜の時期、紅葉の時期に京都を訪れるのは難しいものですし、特に最近は外国からの観光客も
    多いので有名な場所はとにかく混雑しています。
    私は彼女の写真を携帯で見ながら、平安神宮のこの桜を見に行こう!と決めました。
    


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    御参りをして神苑に入ったとたん、目の前に満開のピンク色の枝垂れ桜が広がります。
    枝垂れ桜にもこんなに種類があるのかあ。。と感心しながら、写真の場所を探します。
    あーー、あったーー!と私も写真に撮りましたが、曇り空にiphoneでは全く暗くてその素晴らしさがわからず



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    違う位置から少し明るめに撮れたものを載せてみました。
    この神苑は素晴らしい日本庭園で、また違う季節にも来てみたいと思いました。
    イタリアからの毎日の便りが見事な枝垂れ桜との出会いを作ってくれた素敵なことでした。
    



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    これは高台寺の枝垂れ桜です。
    平安神宮の枝垂れ桜よりピンク色が薄いです。それぞれに良さがあります。
    本当に偶然の京都行きでしたが、こんなに素晴らしい桜に出会えたのがとても幸運でした。
    

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by coimbra2017 | 2017-04-11 19:17 | 旅行

オビドス

    アルコバサからオビドスへ来ました。
    「谷間の真珠」とも呼ばれる中世の面影を残す城壁に囲まれた小さな村です。
    ローマ時代に海からの侵入を防ぐため砦が築かれたことに遡ります。

    
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    イスラム時代に造られたオビドスのメインゲート、敵の侵入を防ぐため二重のジグザグ構造になっていて
    アーチ状の通路の内側は18世紀のアズレージョで覆われています。門を抜けると左側に城壁へ上る階段があります。
    天気も良く、上ったら景色も良いのでしょうけど高齢の父を連れて手すりのない所は危ないので一緒に街の中の
    散策をしました。


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 真っ青な空に白い壁が映えます。



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       あちこちに花が飾ってありますが、まだ新芽がでていない木もあり、もう少し季節が進んだらどんなに
       綺麗だろうと思いました。



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     父が撮った写真です。このお皿を買いたかったと帰って来て言っていました。。


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 城壁の上は全長1.5キロ約40分で一周できるそうです。



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    町の入口から城壁の外に向かって水道橋があります。
    道は緩やかに見えても、かなり勾配があります。ポルトガルはどこへ行っても坂のある国です。

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by coimbra2017 | 2017-04-08 22:16

アルコバサ修道院

    ナザレの東約14キロ、アルコア川とバサ川の交わる場所。
    12世紀初め、初代ポルトガル王アフォンソ・エンリケスがレコンキスタに協力した
    シトー修道会に感謝して建設したものです。
    レコンキスタとは、イスラム教に占領されたイベリア半島をキリスト教徒に手に奪回する運動。。
    



    
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    バスを停めた所から歩きます。綺麗なアズレージョの建物。



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    修道院前の広場



       
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        アルコバサ修道院正面から
        ピンク色の大理石が使われています。



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    質素、簡潔を旨とするシトー派の修道院のために、過剰な装飾を廃した簡素な作りになっています。
    こんなサッパリした教会は初めて見ました。



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    最盛期には1000人近くの修道士が生活していたそうで、食堂、寝室、厨房なども大きな規模でした。
    自給自足をしていた為、戦いで荒廃したアルコバサ周辺の土地は肥沃な農地へと変わっていったそうです。
    この日、とても天気が良いので私は上着を持たずに修道院に入ってしまいました。外は気温が上がっていたのに
    一歩中へ入ると寒くて寒くて、ガイドさんの説明もそこそこに陽の当たる場所にいました。
    教会、修道院は寒いので注意ですね。。
  


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by coimbra2017 | 2017-04-08 21:21